臨床研究におけるインフォームド・コンセント:国際比較と共同研究での留意点
はじめに:臨床研究におけるインフォームド・コンセントの重要性
臨床研究を遂行する上で、被験者の方々からの「インフォームド・コンセント(説明と同意)」を得ることは、最も基本的かつ重要な倫理的・法的要件の一つです。これは、被験者が研究の内容、目的、予測される利益とリスク、代替治療法、参加の自由意思などを十分に理解した上で、自身の意思で研究への参加に同意することを保証するための手続きです。
国際共同研究を行う際には、このインフォームド・コンセントに関する各国の規制やガイドラインの違いを理解しておくことが不可欠です。国や地域によって、同意取得の手順、同意書に記載すべき内容、必要な情報の提供方法、特定の被験者集団(例:未成年者、判断能力が低下している者)への配慮などに違いが見られます。
本記事では、主要な国や地域における臨床研究のインフォームド・コンセントに関する規制や倫理ガイドラインの概要を比較し、国際共同研究を進める上で若手研究者が特に留意すべき点について解説いたします。
主要な国・地域におけるインフォームド・コンセントの概要と比較
国際的な臨床研究の実施においては、各国の国内規制に加え、国際的なガイドライン(例:ICH-GCP; 日米EU医薬品規制調和国際会議の医薬品の臨床試験の実施に関する基準)が参照されることが一般的です。しかし、ICH-GCPはあくまで調和のための基準であり、各国がそれをどのように国内法や規制に取り込むかによって、細部が異なります。
ここでは、代表的な国・地域として、米国、欧州連合(EU)、および日本の状況を比較します。
米国 (United States)
米国の臨床研究におけるインフォームド・コンセントは、主に連邦規則集(CFR; Code of Federal Regulations)のTitle 45 Part 46 (Common Rule) および Title 21 Parts 50 and 56 (FDA regulations) に基づいています。
- 基本的な要件: 研究目的、期間、手順、予測されるリスクと利益、代替治療法、機密保持、損害発生時の補償、参加は任意でありいつでも撤回できることなど、詳細な情報提供が求められます。
- 同意書の形式: 原則として文書による同意が必要ですが、特定の条件下では文書によらない同意が認められる場合もあります(例:通常の医療行為と同等のリスクしかない研究)。
- 機関審査委員会 (IRB): すべてのヒトを対象とする研究は、事前にIRBの承認を得る必要があります。IRBは同意取得プロセスおよび同意書の内容を審査します。
- 特別な集団: 未成年者や妊婦、囚人など、特別な配慮が必要な被験者集団に関する規定が別途設けられています。
欧州連合 (European Union)
EUにおける臨床試験は、主にEU規則No 536/2014 (Clinical Trials Regulation) によって規制されています。これは、従来の指令2001/20/ECに代わり、より統一的な規制枠組みを提供することを目的としています。
- 基本的な要件: 研究の性質、目的、方法、予測される利益とリスク、インフォームド・コンセントの権利、データの保護、損害に対する補償など、詳細かつ明確な情報提供が求められます。被験者は、十分な時間をかけて検討し、質問する機会を与えられなければなりません。
- 同意書の形式: 原則として文書による同意が必要であり、同意書は被験者が理解できる言語で提供されなければなりません。
- 倫理委員会: 各加盟国に設置される倫理委員会が、臨床試験の倫理的側面を審査し、承認を与えます。規則No 536/2014により、加盟国間の連携が強化されています。
- 特別な集団: 無能力者(未成年者や法的能力がない成人)に関する厳しい規定があり、彼らの最善の利益が常に優先されるべきとされています。
日本 (Japan)
日本の臨床研究および治験におけるインフォームド・コンセントは、主に医薬品医療機器等法(薬機法)に基づくGCP省令や、人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針に基づいています。
- 基本的な要件: 研究の意義、目的、方法、予測されるリスクと利益、プライバシーの保護、損害発生時の対応、参加の任意性とその撤回権など、研究内容について十分に説明し、被験者が理解した上で同意を得る必要があります。
- 同意書の形式: 原則として文書による同意が必要です。同意書は、被験者または代諾者が署名または記名押印することとされています。
- 倫理審査委員会 (IRB/ERC): 研究機関に設置された倫理審査委員会による事前の承認が義務付けられています。倫理指針においては、研究の内容や実施体制に応じて適切な委員会(例:機関の長が設置する倫理審査委員会、認定臨床研究等審査委員会)で審査を受けることが求められます。
- 特別な集団: 未成年者や判断能力が不十分な者など、インフォームド・コンセントに関する特別な手続きや配慮が必要な対象者に関する規定が設けられています。
比較のポイント
上記の概要から、以下のような比較ポイントが挙げられます。
- 規制の法的拘束力と体系: 米国は連邦規則、EUは域内統一規則(加盟国での国内法化が必要な場合も)、日本は省令や倫理指針など、法的な位置づけや体系が異なります。
- 倫理審査体制: 各国・地域にIRBや倫理委員会が存在しますが、その設置基準、構成、審査プロセス、他施設共同研究における連携のあり方などが異なる場合があります。
- 同意書の記載事項と手続きの詳細: 基本的な内容は共通していますが、求められる詳細さ、同意取得にかけられるべき時間、確認事項などが国によって異なる場合があります。
- 特別な被験者集団への対応: 未成年者の同意能力の判断基準や、代諾者の範囲・優先順位などが国によって細かく規定されている場合があります。
- 使用言語: 原則として被験者が理解できる言語での情報提供と同意取得が求められます。多言語国家や移民の多い国では、翻訳や通訳に関する具体的な規定やガイドラインが存在することがあります。
国際共同研究におけるインフォームド・コンセントの留意点
国際共同研究においては、単に各国の規制を知るだけでなく、それらをどのように実際の研究実施に落とし込むか、実践的な対応が求められます。
- 複数の規制・ガイドラインへの準拠: 国際共同研究では、関係するすべての国や地域の規制、倫理ガイドライン、および国際的なガイドライン(ICH-GCPなど)を遵守する必要があります。最も厳しい要件を満たすように計画することが一般的です。
- 現地のIRB/倫理委員会の承認: 研究を実施する各国の現地のIRBまたは倫理委員会の承認が必須です。現地の委員会は、国際的なプロトコルが自国の規制や文化、倫理的感受性に合致しているかを審査します。同意書の内容や表現について、現地委員会から修正指示が入ることもあります。
- 同意書の翻訳とローカリゼーション: 同意書は、被験者が十分に理解できるよう、現地の言語に正確かつ適切に翻訳されなければなりません。単なる直訳ではなく、現地の文化的背景や表現に配慮したローカリゼーションが必要となる場合もあります。翻訳された同意書も、現地のIRB/倫理委員会の審査対象となります。
- 同意取得プロセスの標準化と現地の慣習への配慮: 研究プロトコルにおいて、同意取得の手順(説明の順序、時間をかけるべき点、質問への対応方法など)を可能な限り標準化することが重要です。同時に、現地の文化的な慣習や、医療・研究に対する一般的な認識にも配慮が必要です。
- 特別な被験者集団への対応: 国によって未成年者の同意能力年齢や、代諾者の範囲・手続きが異なります。現地の規制を正確に把握し、適切な手続きを踏む必要があります。
- リモート同意の可能性と限界: 近年、パンデミック等の影響もあり、リモートでの同意取得(電話、ビデオ会議など)の可能性が議論されています。しかし、その法的・倫理的位置づけや許容される範囲は国によって異なります。実施を検討する際は、現地の規制とIRB/倫理委員会の承認状況を必ず確認してください。
- 共同研究者間のコミュニケーション: インフォームド・コンセントに関する懸念や問題が発生した場合に迅速に対応できるよう、共同研究者間で緊密なコミュニケーションを図ることが重要です。各サイトの同意取得状況を定期的に共有し、問題があれば速やかに協議できる体制を構築してください。
結論:信頼性の高い国際共同研究のために
臨床研究におけるインフォームド・コンセントは、被験者の権利と尊厳を守るための要石です。国際共同研究においては、関係する国や地域の規制・倫理ガイドラインの違いを深く理解し、各国の要件をすべて満たす形で、被験者の方々が真に理解し納得した上で研究に参加していただけるよう、細心の注意を払う必要があります。
若手研究者の皆様が国際共同研究に参加される際は、インフォームド・コンセントの手続きについて、事前に現地の共同研究者や倫理委員会事務局と十分に協議し、不明な点をクリアにしておくことを強く推奨いたします。正確な知識と誠実な対応が、研究の信頼性と成功に繋がる第一歩となります。
今後も「Global BioRegulation Watch」では、国際共同研究に役立つ世界各国の規制・倫理ガイドライン情報を提供してまいります。