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生命科学研究におけるオンライン同意(e-consent):主要国の規制・倫理と国際共同研究の留意点

Tags: e-consent, インフォームド・コンセント, 生命倫理, 国際共同研究, 規制

はじめに

生命科学研究において、研究参加者からのインフォームド・コンセントは不可欠な手続きです。近年、デジタル技術の進展に伴い、書面による同意に加えて、オンライン上での同意取得、すなわちe-consentの導入が進められています。e-consentは、情報提供の柔軟性や同意手続きの効率化といった利点がある一方で、技術的な安全性、プライバシー保護、そして法的な有効性といった課題も伴います。

特に国際共同研究においては、各国の規制や倫理ガイドラインが異なるため、e-consentの導入にあたっては慎重な検討が必要です。本記事では、生命科学研究におけるe-consentの基本的な考え方、主要国における規制・倫理ガイドラインの現状、および国際共同研究を進める上での留意点について解説します。

オンライン同意(e-consent)とは

e-consentとは、インターネットや専用アプリケーションなどの電子システムを用いて、研究参加者に対して研究内容に関する情報を提供し、同意を取得するプロセスを指します。従来の紙媒体による同意書と比較して、以下のようないくつかの特徴があります。

しかしながら、e-consentの導入には、研究参加者のデジタルリテラシー、システムへのアクセス環境、データのセキュリティ確保、そして電子署名の法的有効性といった課題をクリアする必要があります。

主要国におけるe-consentに関する規制・倫理ガイドライン

e-consentに関する規制やガイドラインは、国や地域によって異なり、進化の途上にあります。ここでは、いくつかの主要国の現状を概観します。

米国

米国では、連邦規則集(Code of Federal Regulations, CFR)のTitle 21 Part 11(21 CFR Part 11)が、医薬品、医療機器などの規制対象となる電子記録および電子署名に関する要件を定めています。臨床研究におけるe-consentもこの規制の対象となり得ます。システムが信頼性があり、正確かつ機密性の高い方法で記録を保持できることが求められます。

また、共通規則(Common Rule, 45 CFR Part 46)は、ヒトを対象とする研究の保護に関する倫理的要件を定めており、インフォームド・コンセントの基本的な要素や取得プロセスを示しています。e-consentはこの要件を満たす形で実施される必要があり、倫理審査委員会(IRB)による承認が必要です。IRBは、オンラインでの情報提供が十分か、参加者が理解しやすいか、同意が任意になされるか、プライバシーとデータセキュリティが確保されているかなどを審査します。米国食品医薬品局(FDA)も、e-consentに関するガイダンスを発行しており、具体的な技術的・手続き的な留意点を示しています。

EU

EUでは、一般データ保護規則(General Data Protection Regulation, GDPR)が、個人データの処理に関する包括的な規制を定めています。生命科学研究におけるデータもGDPRの対象であり、特にセンシティブデータである健康情報や遺伝情報の取り扱いには厳格な要件が課されます。e-consentを通じて個人データを取得する場合、同意が「自由に与えられ、特定の、情報の提供を受けた上での、かつ明確な意思表示」であること、同意を撤回できることなどが求められます。

臨床試験に関しては、EU臨床試験規則(Clinical Trials Regulation, EU No 536/2014)が適用されます。この規則も、インフォームド・コンセントに関する詳細な規定を含んでおり、e-consentの使用も認める可能性を示唆していますが、加盟国ごとの国内法による解釈や倫理委員会の承認プロセスを経て実施されます。各国には独自の倫理委員会やデータ保護当局があり、それぞれの判断基準が存在します。

日本

日本では、「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」が、インフォームド・コンセントに関する基本的な考え方や手続きを定めています。この指針では、研究に関する説明と同意は原則として書面により行われるべきとされていますが、研究対象者の同意を得て、電磁的方法(電子メール、ファクシミリ、ウェブサイト等)により行うことも可能であることが明記されています。

ただし、電磁的方法を用いる場合であっても、説明の内容が十分に伝わり、同意の意思が明確に確認できる方法である必要があります。倫理審査委員会(IRB)は、電磁的方法による同意取得が指針の要件を満たしているか、情報セキュリティが確保されているかなどを審査します。研究の性質や対象者によって、適切な方法を選択し、倫理的な配慮を行うことが求められます。

国際共同研究におけるe-consent導入の留意点

国際共同研究でe-consentを導入する際には、複数の国や地域の規制・倫理ガイドラインが関与するため、さらに複雑な検討が必要です。

  1. 各国の規制・倫理要件の確認: 参加国すべての規制当局や倫理審査委員会のe-consentに関する要件を確認することが必須です。必要な情報の内容、説明の方法(動画、音声の使用可否)、同意の記録方法、電子署名の有効性、データセキュリティ基準などが国によって異なる場合があります。現地の共同研究者や規制・倫理の専門家との緊密な連携が不可欠です。

  2. 倫理審査委員会(IRB/ERC)との連携: 研究に関与するすべての国の倫理審査委員会に、e-consentの使用計画を明確に説明し、承認を得る必要があります。各委員会の懸念事項(例: 情報セキュリティ、参加者の理解度、アクセス公平性)に対応できるよう、詳細な手続きやシステムの説明を用意してください。異なる委員会の承認基準を調整する必要が生じる場合もあります。

  3. 情報セキュリティとプライバシー保護: e-consentシステムを通じて収集される同意情報や関連する個人データは、各国のデータ保護規制(例: GDPR)や研究倫理指針に従って厳重に管理する必要があります。データの暗号化、アクセス制限、不正アクセス防止策など、技術的・組織的なセキュリティ対策を講じ、その内容をシステムの説明や参加者への情報提供文書に含める必要があります。

  4. 電子署名の有効性: e-consentにおける電子署名の法的有効性は、国によって解釈が異なります。単純なチェックボックスのクリックから、より厳格な本人認証を伴うデジタル署名まで、様々なレベルがあります。研究計画における同意の重要性やリスクレベルに応じて、各国の法規制で認められている適切な方法を選択する必要があります。

  5. 参加者への配慮: オンライン環境へのアクセスが困難な参加者や、デジタルリテラシーが低い参加者への対応策を検討する必要があります。代替手段(例: 紙媒体での同意、オフラインでの説明機会)を用意するなど、研究参加の機会均等を損なわない配慮が必要です。また、オンラインでの情報提供が一方的にならないよう、質疑応答の機会を設けたり、同意内容の理解度を確認する仕組みを取り入れたりすることが推奨されます。

  6. システムのバリデーション: 使用するe-consentシステムが、情報提供、同意記録、データ管理などの機能において、規制・倫理要件を満たしていることを確認するためのバリデーションが必要です。システムの信頼性と堅牢性を証明する資料を準備し、倫理審査委員会や規制当局に提出できるようにしておくことが望ましいです。

結論

e-consentは、生命科学研究におけるインフォームド・コンセントのプロセスを効率化し、研究参加者の利便性を向上させる可能性を秘めたツールです。しかし、その導入にあたっては、技術的な課題に加え、各国の異なる規制や倫理ガイドラインを十分に理解し、遵守する必要があります。

特に国際共同研究では、関係するすべての国・地域の要件を整合させることが重要です。現地の共同研究者、倫理審査委員会、規制当局と密接にコミュニケーションを取り、透明性をもって手続きを進めることが成功の鍵となります。e-consentシステムの選定、情報セキュリティ対策、そして何よりも研究参加者への倫理的な配慮を怠らないことが、信頼性の高い研究実施のために不可欠です。

今後もe-consentに関する技術や規制は進化していくと考えられます。最新の情報を注視し、研究計画に合わせて柔軟かつ慎重に対応していく姿勢が求められます。