国際共同研究での研究プロトコル変更:倫理審査手続きの比較と留意点
はじめに
生命科学分野の国際共同研究は、地球規模での課題解決や革新的な発見に不可欠な取り組みです。しかし、異なる国や地域の規制、倫理ガイドラインの中で研究を進めるには、計画段階から様々な側面を考慮する必要があります。研究計画を示す「研究プロトコル」は、研究の実施方法、被験者の保護、データの取り扱いなど、研究の根幹をなす重要な文書です。
国際共同研究においては、当初策定したプロトコルが研究の進捗に伴い変更されることがあります。新たな科学的知見の獲得、予期せぬ安全性情報の発生、登録状況の遅れなど、様々な理由で変更の必要が生じます。研究プロトコルの変更は、その内容が倫理的側面や研究参加者の安全に影響を与える可能性があるため、多くの場合、研究計画の承認を得た倫理審査委員会(Institutional Review Board: IRBやEthics Review Committee: ERCなど、国や機関により名称は異なります)による再審査が必要です。
本稿では、国際共同研究における研究プロトコル変更に焦点を当て、その手続きや主要国間での違い、そして円滑な共同研究遂行のために留意すべき点について解説します。国際共同研究に関わる若手研究者の方々が、プロトコル変更時の複雑さを理解し、適切な対応を進めるための一助となれば幸いです。
研究プロトコル変更の必要性と一般的な手続き
研究プロトコルは、研究の目的、デザイン、方法、統計計画、被験者の組み入れ・除外基準、安全性評価、データ管理方法などを詳細に定めたものです。研究はこのプロトコルに厳密に従って実施されることが原則ですが、前述のように研究期間中に変更が必要となる場合があります。
プロトコル変更の例としては、以下のようなものが挙げられます。
- 科学的理由による変更: 新たな予備データの取得、研究デザインの最適化、評価項目の追加・削除など。
- 安全性に関する変更: 予期せぬ有害事象の発生に伴う観察項目の追加、投与量・投与期間の変更、組み入れ基準の変更など。
- 運用的理由による変更: 登録基準の緩和、同意取得方法の変更、施設数の追加など。
これらの変更が倫理的側面(例:被験者のリスク増大、インフォームド・コンセントの内容への影響)や研究の科学的妥当性に影響を与える場合、事前に倫理審査委員会(IRB/ERC)による承認が必要となります。軽微な変更で、倫理的・科学的側面に影響を与えないと判断される場合は、簡便な手続き(例:主任研究者からの報告のみ、迅速審査)で済むこともあります。
一般的な倫理審査手続きの流れは以下のようになります。
- 変更内容の検討: 研究チーム内で変更内容とその必要性、影響について検討します。
- 変更申請書類の準備: プロトコル変更の内容を記載した文書(プロトコル変更案)、変更理由書、同意説明文書の変更案(必要な場合)など、所定の書類を作成します。
- 倫理審査委員会への申請: 作成した書類を所属機関や研究実施施設のIRB/ERCに提出します。
- 倫理審査: IRB/ERCが提出された書類を審査し、変更内容の倫理的妥当性、科学的妥当性、被験者の安全性が確保されているかを確認します。
- 承認または却下: 審査の結果、承認、修正の上承認、または却下となります。承認が得られて初めて、その変更内容で研究を実施することが可能になります。
国際共同研究の場合、この手続きが共同研究に参加する各国の研究機関それぞれのIRB/ERCで必要となることが一般的です。
主要国の倫理審査委員会におけるプロトコル変更手続きの比較
国際共同研究においては、参加する各国の倫理審査システムの違いが、プロトコル変更手続きの複雑さを増す要因となります。ここでは、一般的な傾向として主要国の手続きの特徴を比較します。
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米国 (IRB):
- 連邦規制(例: 45 CFR 46)に基づき、詳細な要件が定められています。
- 変更申請は、変更の内容に応じて迅速審査(Expedited Review)または本審査(Full Board Review)の対象となります。
- 迅速審査の範囲は比較的広く、軽微な変更であれば迅速な承認が期待できます。
- 共同研究の場合、中心となるIRBを定めて一括して審査を受ける制度(Single IRB Review)が義務化されるなど、複数施設での審査を効率化する取り組みが進んでいます。
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欧州 (Ethics Review Committee/ERC):
- 各国の法規制やガイドラインに基づき運用されます。欧州連合(EU)域内では、臨床試験に関してはClinical Trials Regulation (CTR) が適用され、単一申請・単一評価の仕組みが導入されています。これにより、臨床試験のプロトコル変更手続きは効率化が進んでいます。
- 基礎研究などCTRの対象外の研究については、各国独自の審査プロセスとなります。
- 国によって倫理委員会の構成や審査頻度、手続きの厳格さに違いが見られることがあります。
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日本 (倫理審査委員会):
- 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」に基づき運用されます。
- プロトコル変更については、倫理的・科学的妥当性への影響度に応じて、簡易な手続きや迅速審査の対象となる場合があります。
- 共同研究機関が複数ある場合、原則として各機関の長の許可を得る必要があり、各機関の倫理審査委員会での審査が必要となります(ただし、一定の要件を満たす場合は、一つの機関の倫理審査結果を他の機関が利用できる場合もあります)。
比較のポイント:
- 審査の集中化 vs 分散化: 米国のSingle IRBやEUのCTRによる単一評価は、共同研究における複数機関での審査負担を軽減する方向性を示しています。一方、日本では原則として各機関での審査が必要となるなど、アプローチが異なります。
- 手続きの所要時間: 国や機関、変更内容によって異なりますが、本審査が必要な場合は、委員会開催頻度や事務手続きにより時間を要する場合があります。迅速審査の適用範囲や基準も国によって異なります。
- 必要書類の要件: 各国の規制や機関の規定により、提出すべき書類の種類や記載事項が異なる場合があります。
これらの違いを理解し、共同研究相手国の制度や手続きを事前に確認しておくことが重要です。
国際共同研究でのプロトコル変更に関する留意点
国際共同研究でプロトコル変更が生じた場合、円滑に研究を継続するためには以下の点に留意する必要があります。
- 共同研究者間の密なコミュニケーション: プロトコル変更の必要性が生じた段階で、共同研究チーム全体で速やかに情報を共有し、変更内容、その理由、予想される影響、今後の手続きについて十分に議論することが不可欠です。認識のずれは、その後の手続きの遅延やトラブルの原因となり得ます。
- 各国の倫理審査委員会との連携: 共同研究に参加する各国の倫理審査委員会に対し、同時にまたは連携して変更申請を行う必要があります。各国での審査基準や手続きの進捗状況を共有し、必要に応じて説明を求められた際に協力して対応できるよう、連絡体制を整えておくことが望ましいです。
- インフォームド・コンセントへの影響評価: プロトコル変更が研究参加者に与えるリスクや負担を変更させたり、研究目的や実施方法を大きく変えたりする場合、既に同意を得ている研究参加者に対して、変更内容を説明し「再同意(Re-consent)」を取得する必要が生じます。再同意の必要性の判断基準や手続きは、各国の倫理指針によって異なる場合があるため、事前に確認が必要です。
- 契約上の確認: 国際共同研究契約において、プロトコル変更に関する手続きや責任分担、費用負担などについて規定されている場合があります。変更が生じた際には、契約内容を確認し、必要に応じて共同研究相手と協議することが求められます。
- 翻訳の正確性: 申請書類や同意説明文書などを翻訳して提出する場合、専門用語を含む内容の正確な翻訳が求められます。不正確な翻訳は、倫理審査委員会による内容理解の妨げとなり、審査の遅延や誤った判断につながる可能性があります。
まとめ
国際共同研究において研究プロトコルの変更は避けられない場合があります。しかし、その手続きは参加する各国の規制や倫理審査システムの差異により複雑になる可能性があります。若手研究者の皆様が国際共同研究を円滑に進めるためには、プロトコル変更時の一般的な手続きを理解し、共同研究相手国の制度について情報収集を行い、関係者間での密なコミュニケーションを心がけることが非常に重要です。
特に、倫理審査委員会への申請手続き、インフォームド・コンセントへの影響、そして各国間での連携体制の構築は、プロトコル変更に伴う研究の中断や遅延を防ぐための鍵となります。常に最新の倫理指針や規制情報を確認し、疑義がある場合は、所属機関の倫理委員会事務局や共同研究相手に遠慮なく相談してください。適切なプロトコル変更管理は、研究参加者の保護を担保しつつ、国際共同研究を成功に導くために不可欠な要素です。