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国際的な研究不正対策:主要国の基準と倫理的留意点

Tags: 研究倫理, 研究不正, 国際共同研究, ガイドライン, コンプライアンス

はじめに

生命科学分野の研究はますますグローバル化しており、国境を越えた共同研究が活発に行われています。国際共同研究は新たな発見やイノベーションを加速させる一方で、各国の規制や倫理ガイドラインの違いを理解しておくことが不可欠です。特に、研究活動の根幹を揺るがす「研究不正」に関する認識や対応基準は国によって異なり、国際共同研究を進める上で重要な留意点となります。

本記事では、国際共同研究に携わる若手研究者の皆様が、研究不正に対する主要国の基準と対応について基本的な理解を深め、倫理的な研究活動を行う上で役立つ情報を提供することを目指します。

研究不正とは何か:国際的な認識

研究不正とは、研究活動において行われる捏造(Fabrication)、改ざん(Falsification)、盗用(Plagiarism)といった行為の総称です。一般的に、これらの行為は「FFP」として知られています。しかし、研究不正の定義や、どこまでの行為がこれに含まれるかについては、国や機関によって若干の違いが見られます。

例えば、研究資金の不適切な使用や、著者資格の不適切な付与なども、広義の研究不正や関連する不正行為として扱われることがあります。国際共同研究においては、関係する全ての国の基準を理解し、最も厳しい基準に合わせて行動することが、トラブルを避ける上で賢明なアプローチと言えるでしょう。

主要国の研究不正対策:ガイドラインと対応

ここでは、国際共同研究の機会が多い主要国の研究不正対策の概要をご紹介します。

日本

日本では、文部科学省が策定した「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」が基本的な枠組みを提供しています。このガイドラインでは、特定不正行為として捏造、改ざん、盗用を定義し、研究機関が不正行為に対して責任を持って対応すべきことを定めています。

各研究機関は、このガイドラインに基づき、独自の規程を設けています。不正の疑いに関する通報窓口の設置、予備調査、本調査、不正行為と認定された場合の措置(研究費の返還、申請資格の制限、所属機関からの処分など)などが規定されています。日本の基準は、国際的なFFPの定義に沿ったものと言えますが、機関ごとの運用には差異がある場合があります。

米国

米国では、保健福祉省(Department of Health and Human Services: HHS)の下にある研究公正局(Office of Research Integrity: ORI)が、公的研究資金(主にNIHやPHSからの資金)を受けた研究における不正行為に対する監督を行っています。また、国立科学財団(National Science Foundation: NSF)など、他の資金配分機関も独自の研究公正に関するポリシーを持っています。

ORIは、捏造、改ざん、盗用を「研究不正(Research Misconduct)」と定義しています。不正の疑いが生じた場合、資金配分機関の要請に基づき、通常は研究機関がまず調査を行います。ORIは、機関の調査結果をレビューし、必要に応じて独自の調査や勧告を行います。不正が認定された場合、個人に対しては研究資金の申請資格停止、論文の訂正・撤回、所属機関への懲戒処分勧告などが、機関に対しては改善措置などが課されることがあります。米国のシステムは、連邦政府機関が強い権限を持つことが特徴です。

欧州

欧州では、EU全体として統一された研究不正に関する法規制はまだありませんが、欧州委員会が研究公正に関する推奨事項やベストプラクティスを示しています。欧州科学財団(European Science Foundation: ESF)とALLEA (All European Academies) が共同で策定した「ヨーロッパ研究者行動規範(The European Code of Conduct for Research Integrity)」が広く参照されています。

この規範では、正直さ、信頼性、客観性、独立性、公平性、注意義務、開放性、説明責任、将来世代への責任など、研究者が守るべき基本的な原則が示されています。研究不正(FFP)に加え、不適切な著者資格、不十分なデータ管理、査読の不公正なども、規範に反する行為として言及されています。

欧州各国は、それぞれ独自の法律やガイドラインを持っています。例えば、ドイツではドイツ研究振興協会(DFG)が研究倫理に関するガイドラインを定め、各大学や研究機関がこれに基づいた対応を行っています。英国でも、研究助成機関であるUK Research and Innovation (UKRI) や大学が研究不正への対応に関するポリシーを設けています。欧州では、各国の法制度や研究文化の違いが、不正対応の仕組みにも反映されています。

国際的な比較に見られるポイント

主要国の研究不正対策を比較すると、いくつかの共通点と相違点が見られます。

国際共同研究における倫理的留意点と実践

国際共同研究において研究不正を防ぎ、疑義が生じた際に適切に対応するためには、以下の点に留意することが重要です。

  1. 基準の統一と合意: 共同研究を開始する前に、参加者間で研究倫理、特に研究不正の定義と対応に関する共通認識を持つことが理想的です。共同研究契約や覚書に、どの国の、あるいはどの機関の基準に従うか、疑義が生じた場合の調査プロセスなどを明記することを検討してください。
  2. 各機関のポリシー確認: 共同研究に参加する全ての機関の研究倫理・不正対策ポリシーを確認し、理解しておくことが重要です。自身の所属機関だけでなく、共同研究相手の機関の規程も把握しておきましょう。
  3. 透明性の高いデータ管理: 研究ノートの記録、生データの保管・共有、解析コードの管理など、研究過程を後から検証可能な形で透明性高く行うことが、不正の疑いを晴らす上でも重要です。共同研究者間でデータ管理の方針を共有し、実践してください。
  4. 著者資格に関する明確な合意: 国際共著論文において、著者資格を巡るトラブルは少なくありません。誰を著者とするか、どのような貢献があれば著者とするかなど、事前に明確な基準を設け、共同研究者間で合意しておくことが必須です。
  5. 疑義が生じた場合の冷静な対応: もし共同研究において不正の疑いが生じた場合、感情的にならず、事実に基づき冷静に対応することが求められます。まずは共同研究者間で話し合い、解決が難しい場合は、各自の所属機関の研究倫理関連部署や共同研究契約で定めた窓口に相談してください。
  6. 通報・告発に関する知識: 自身が不正を目撃した場合の通報・告発手続きについて、所属機関の規程を確認しておきましょう。通報者の保護に関する規定についても理解しておくことが望ましいです。

まとめ

生命科学分野の国際共同研究を倫理的に、かつ円滑に進めるためには、研究不正に対する主要国の基準や対応の違いを理解しておくことが非常に重要です。日本、米国、欧州など、各地域にはそれぞれのシステムやガイドラインが存在しますが、FFPを中心に研究不正を防ぐという根幹の目的は共通しています。

国際共同研究においては、参加する全ての国の基準を尊重し、透明性の高い研究活動を心がけることが、不正リスクを低減し、共同研究者との信頼関係を築く上で不可欠です。疑義が生じた際には、冷静かつ建設的な対応を心がけ、必要に応じて所属機関の専門部署に相談してください。倫理的な研究活動の実践は、科学全体の信頼性を守ることにもつながります。

国際共同研究に携わる若手研究者の皆様が、本記事を参考に、世界の研究公正に関する理解を深め、責任ある研究活動を実践されることを願っています。