研究参加者の再同意(Re-consent):国際的な考え方と多国間共同研究での留意点
はじめに:なぜ今、研究参加者の再同意が重要なのか
生命科学研究は、技術の進歩や学際的な連携により、ますます複雑化・長期化しています。特に国際的な共同研究では、異なる国の研究機関が連携し、多様な種類のデータや生体試料が国境を越えて共有・分析されることが増えています。
このような状況において、研究開始時に取得した同意(インフォームド・コンセント)だけでは、研究の進行に伴って生じる様々な変化や新たな利用目的に対応できなくなるケースが増えています。そこで重要になるのが、「再同意(Re-consent)」という概念です。再同意は、研究参加者の自律性と倫理的配慮を担保するために不可欠な手続きであり、特に多国間共同研究においては、各国の法規制や倫理指針の違いから複雑な課題が生じやすい側面があります。
本記事では、生命科学分野の国際共同研究に関心を持つ若手研究者の皆様に向けて、研究参加者の再同意が必要となるのはどのような場合か、国際的にはどのような考え方があるのか、そして多国間共同研究を進める上で具体的にどのような点に留意すべきかについて解説します。
再同意が必要となる主なケース
研究参加者から一度インフォームド・コンセントを取得した後でも、以下のような状況の変化があった場合には、原則として再同意が必要となるかを慎重に検討する必要があります。
- 研究期間の延長: 当初予定していた研究期間を超えてデータを追跡したり、試料を保管したりする場合。
- 研究内容や目的の変更・追加: 当初計画していなかった新しい解析手法(例:ゲノム解析が後から追加される場合)、疾患の関連性の探索から予防法の開発へと研究目的が変化する場合など。
- 使用するデータや試料の種類の追加: 同意を得ていたデータ・試料以外のもの(例:別の臨床データ、新たな血液サンプル)を追加で取得・利用する場合。
- 試料の長期保管や将来的な利用: 特定の研究のためだけに同意を得ていた試料を、将来的な別の研究のために長期保管・利用する場合。
- 共同研究機関の追加・変更: 当初計画していなかった国内外の研究機関と新たにデータを共有したり、試料を移送したりする場合。特に海外の機関との連携は、データの国際移送規制とも関連し、再同意の要否が重要になります。
- 技術の進歩による倫理的懸念: 同意取得時には想定されていなかった新しい技術(例:精密な位置情報追跡、高度な機械学習による個人特定リスクの増加)が利用可能になり、プライバシーやデータセキュリティに関する新たな懸念が生じる場合。
これらの変更は、研究参加者が当初同意した際の前提を覆す可能性があり、参加者に改めて情報を提供し、研究の継続や変更内容への同意を確認することが倫理的に求められます。
国際的な考え方の概要
再同意の必要性に関する基本的な考え方は、主要な研究倫理ガイドラインや宣言(例:ヘルシンキ宣言、ICH-GCP)において示唆されていますが、具体的な要件や運用は国・地域によって異なる場合があります。
- ヘルシンキ宣言: 研究計画の変更があった場合には、その変更を倫理審査委員会で承認を得る必要があると定めており、変更内容によっては研究参加者からの新たなインフォームド・コンセント取得を求めています。
- ICH-GCP: 治験計画書の改訂があった場合、被験者に影響を与える変更については、倫理審査委員会の承認と被験者からの再同意が必要となる可能性があることを示しています。
近年、特に大規模なバイオバンク研究やゲノム研究、データの二次利用が進む中で、「広範な同意(Broad Consent)」という考え方が提案され、一部のガイドラインや規制に取り入れられています。広範な同意は、将来行われる可能性のある特定の範囲の研究に対する包括的な同意を事前に取得するものです。しかし、広範な同意を取得した場合でも、予見不可能な大幅な研究目的の変更や、新たな深刻なリスクが判明した場合などには、改めて再同意が必要となる場合があります。
各国の状況の例:
- 欧州連合(EU): 一般データ保護規則(GDPR)では、科学研究目的での個人データの利用について、より厳格な同意要件や透明性が求められます。特に、当初の同意目的を超えた二次利用については、改めて同意を得る必要があるかを検討する必要があります。
- 米国: 連邦規則集(Common Rule)の改訂版では、将来の研究目的での生体試料・特定可能な個人情報の保管・利用に関して、広範な同意が認められるようになりましたが、特定の種類の研究については別途同意が必要となる場合があります。
- 日本: 「人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針」では、研究計画の変更が参加者の同意の内容に影響を与える可能性がある場合、原則として再同意が必要であると定められています。
このように、基本的な倫理原則は共通しているものの、詳細な手続きや「どのような変更が再同意を必要とするか」の判断基準は、各国の法規制や倫理指針、さらには個々の倫理審査委員会の判断によって異なり得ます。
多国間共同研究における具体的な留意点
多国間共同研究において再同意に関する問題を円滑に進めるためには、以下の点に留意することが重要です。
- 研究計画の段階での十分な検討: 共同研究を開始する前の計画段階で、予見される可能性のある研究変更やデータの将来的な利用方法について、参加者からどのような同意を取得しておくべきか、再同意が必要となり得るケースは何かを共同研究者間で十分に議論し、合意形成を図ることが不可欠です。
- 関係する全ての国の規制・倫理指針の確認: 共同研究に参加する全ての国の法規制、生命倫理指針、そして各研究機関の倫理審査委員会の要件を事前に詳細に調査し、比較検討します。特に、データの国際的な移送や共有における同意の要件、再同意が必要となる判断基準、再同意取得の具体的な手続き(誰が、どのように、どの言語で説明するかなど)を確認しておく必要があります。
- 倫理審査委員会との早期の連携: 共同研究計画案や同意説明文書・同意書案を、関係する各国の倫理審査委員会に提出し、再同意に関する部分を含めて事前に確認やアドバイスを求めることが推奨されます。委員会によっては、特定の形式や内容の同意説明を求められる場合があります。
- 再同意取得プロセスの標準化と文書化: 複数の国で研究を実施する場合、可能な範囲で再同意取得プロセスを標準化し、明確な手順書を作成します。また、いつ、誰が、どのような説明を行い、参加者から同意が得られたのかを正確に記録し、文書として保管することが重要です。
- 研究参加者への丁寧な説明とコミュニケーション: 再同意を求める際には、なぜ再同意が必要なのか、研究のどこがどのように変更されるのか、変更によってどのようなメリット・デメリット(特にリスク)が生じる可能性があるのかを、研究参加者が理解できるように分かりやすく丁寧に説明する必要があります。文化的・言語的な配慮も不可欠です。
多国間共同研究における再同意の課題は、単に手続き上の問題だけでなく、研究参加者の信頼を維持し、研究の倫理的正当性を担保するための重要な側面であることを常に認識しておく必要があります。
結論:再同意の課題に計画的に向き合う
研究参加者の再同意は、生命科学分野の国際共同研究において避けては通れない重要な課題です。技術の進化や研究の発展に伴い、再同意が必要となるケースは今後も増える可能性があります。
若手研究者の皆様が国際共同研究に携わる際には、研究計画の初期段階から再同意の必要性を予見し、関係する国・地域の規制や倫理指針を十分に理解し、共同研究者や倫理審査委員会と密接に連携して計画的に対応することが求められます。参加者の自律性を尊重し、透明性の高い研究を行うことが、国際的な共同研究を成功させる上での基盤となります。困難なケースに直面した場合は、法規制や倫理の専門家、所属機関の倫理部門などに相談することも重要です。
研究参加者との信頼関係を維持しながら、倫理的に適切な研究を推進していくために、再同意に関する最新の動向や各国の運用状況について継続的に情報収集を行うことをお勧めいたします。
参考文献(例示、実際の記事では出典を正確に記載することが望ましい):
- ヘルシンキ宣言(Declaration of Helsinki)
- ICH-GCP(E6(R2) Good Clinical Practice)
- 人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針(日本)
- General Data Protection Regulation (GDPR) (EU)
- Federal Policy for the Protection of Human Subjects (Common Rule) (US)