Global BioRegulation Watch

研究における試料・データの二次利用:主要国の規制・倫理と国際共同研究の留意点

Tags: 二次利用, 試料・データ, バイオ倫理, 国際規制, 共同研究

はじめに

生命科学研究、特に医学研究においては、過去に収集されたヒト由来の試料(血液、組織など)やデータ(臨床情報、ゲノム配列など)を、当初の研究目的とは異なる新しい研究に「二次利用」する機会が増えています。これは、貴重なリソースを有効活用し、研究の効率化や新たな発見につなげる上で非常に重要です。

しかしながら、試料やデータがヒトに由来するものである以上、その二次利用には倫理的・法的配慮が不可欠です。特に、グローバル化が進む生命科学分野で国際共同研究を行う際には、参加各国の異なる規制や倫理ガイドラインが複雑に関係するため、事前の理解と適切な対応が求められます。

この記事では、研究における試料・データの二次利用に関する基本的な考え方、主要国の規制・倫理ガイドラインの概要、そして国際共同研究を進める上での実践的な留意点について解説します。

試料・データの二次利用とは

「二次利用」とは、特定の研究プロジェクトのために、研究参加者から同意を得て収集された試料やデータを、その当初の研究目的とは異なる別の研究プロジェクトで利用することを指します。

例えば、ある疾患の診断法開発のために収集された血液サンプルを、後になって別の疾患の原因遺伝子を探索する研究に利用する場合などが二次利用にあたります。また、特定の治療法の効果検証のために集められた患者の臨床データやゲノムデータを、将来的に別の治療法開発の研究に用いることも含まれます。

二次利用の大きな利点は、新たな試料やデータを収集する負担を軽減し、研究コストや時間を削減できることにあります。また、希少疾患など、対象者の新規募集が難しい研究分野においては、既存の貴重なリソースを活用できる唯一の方法となる場合もあります。

二次利用に関する国際的な倫理原則と主要国の規制概要

試料・データの二次利用に関する倫理的・法的検討の核心は、研究参加者から取得した「同意」の範囲と性質にあります。当初の研究で得られた同意が、二次利用の可能性をどこまで包含しているのか、あるいは改めて同意を取得する必要があるのか、という点が主要な論点となります。

国際的な倫理ガイドライン、例えばヘルシンキ宣言やCIOMS(国際医学団体協議会)のガイドラインなどでは、研究参加者の自律性尊重とプライバシー保護の重要性が繰り返し強調されています。試料・データの利用にあたっては、可能な限り透明性を確保し、参加者がその利用について理解し、自身で決定できる機会が与えられるべきである、という原則があります。

主要国における二次利用に関する規制やガイドラインは、この同意の取り扱いを中心に異なっています。

包括同意(Broad Consent)

多くの国で採用されているアプローチの一つに「包括同意」があります。これは、当初の同意取得時に、将来行われるであろう広範な、しかし現時点では特定できない二次利用の可能性についても説明し、同意を得る方法です。包括同意を取得することで、個々の二次利用プロジェクトごとに再同意を得る手間を省き、研究の推進を円滑にすることができます。

ただし、包括同意の有効性は、同意取得時の説明の丁寧さや、将来の利用目的の許容範囲などによって評価が分かれます。研究参加者が、自分の試料やデータがどのような種類の研究に利用される可能性があるのかを十分に理解できるような、分かりやすい説明が求められます。

特定同意(Specific Consent)と再同意(Re-consent)

包括同意とは異なり、特定の研究プロジェクトや利用目的ごとに個別に同意を得る方法を「特定同意」と呼びます。当初の同意が二次利用の可能性をカバーしていない場合や、倫理的に特に慎重な配慮が必要な二次利用を行う場合には、改めて研究参加者に説明し、同意を得る「再同意」の手続きが必要となります。再同意は倫理的な透明性を高める一方で、時間とコストがかかるという側面があります。

オプトアウト(Opt-out)

一部の国や特定の種類のデータ利用(例:公的に収集された匿名化データ)においては、研究参加者が利用を拒否する意思表示(オプトアウト)をしない限り、利用が許可されるという仕組みが採用されています。しかし、この方式は研究参加者の自律性尊重の観点から批判されることもあり、適用範囲は限定的です。

匿名化・仮名化されたデータの扱い

個人を特定できないように完全に匿名化されたデータについては、倫理審査や同意取得の要件が緩和されるのが一般的です。しかし、「匿名化」の定義や基準は国やガイドラインによって異なり、特に大規模データセットやゲノムデータにおいては、完全な匿名化は技術的に困難である場合もあります。「仮名化」(特定のコードに置き換えられ、照合表がないと個人が特定できない状態)されたデータの扱いは、規制当局や倫理審査委員会の判断によって異なります。

国際共同研究における二次利用の留意点

国際共同研究において、異なる国や機関が保有する試料・データを二次利用する場合、以下の点に特に注意が必要です。

  1. 適用される規制・ガイドラインの確認:

    • 二次利用しようとしている試料・データが収集された場所の国の規制および、その試料・データが現在保管されている場所の国の規制を確認する必要があります。
    • さらに、その二次利用研究を実施する場所の国の規制も遵守する必要があります。
    • 関係する全ての国の倫理審査委員会(IRB/ERC)の承認が必要となる場合があります。
  2. 当初の同意内容の検証:

    • 試料・データが収集された際に、研究参加者からどのような同意が取得されているかを詳細に確認することが最も重要です。
    • 当初の同意書や説明文書を、協力機関を通じて入手・翻訳し、二次利用の可能性に関する記述の有無や範囲を慎重に評価する必要があります。
    • 包括同意であったとしても、二次利用の目的が当初の説明から大きく逸脱していないか、倫理的に許容される範囲かを確認する必要があります。
  3. 倫理審査委員会(IRB/ERC)との連携:

    • 国際共同研究に関わる各機関のIRB/ERCに、二次利用の詳細(目的、使用する試料・データの種類、同意内容、匿名化・仮名化の程度など)を正確に説明し、承認を得る必要があります。
    • IRB/ERCによっては、異なる国の倫理基準や法規制を理解している担当者がいない場合もあるため、丁寧な情報提供とコミュニケーションが不可欠です。
    • 再同意が必要と判断された場合の、手続きやコストについても計画に含める必要があります。
  4. データ・試料の移送に関する規制:

    • 二次利用のために試料やデータを国境を越えて移送する場合、各国の個人情報保護法(例:欧州のGDPRなど)や輸出管理規制(例:特定の病原体、ヒト由来材料など)にも従う必要があります。
    • 移送先の国でのセキュリティ管理体制やプライバシー保護措置が、移送元の国の基準を満たしているかどうかも重要な検討事項です。
  5. 共同研究契約での取り決め:

    • 国際共同研究契約(Collaborative Research Agreement)において、試料・データの二次利用に関する条件(利用範囲、保管場所、セキュリティ管理、利用終了時の破棄、責任の所在など)を明確に規定しておくことがトラブル防止のために不可欠です。
    • 将来的な二次利用の可能性について、契約の中でどのように取り扱うかも合意しておくべきです。

まとめ

研究における試料・データの二次利用は、生命科学研究の発展に貢献する重要な手段ですが、国際共同研究においては、関係各国の複雑な規制や倫理ガイドラインを理解し、適切に対応する必要があります。特に、研究参加者から当初取得した同意の内容を正確に把握し、二次利用の目的に照らして十分であるか、あるいは再同意が必要かを倫理的に判断することが求められます。

国際共同研究を進める際には、早期の段階から共同研究相手機関と二次利用の可能性について十分に協議し、関係する全ての国の規制当局や倫理審査委員会に確認を取りながら、研究計画を立案することが重要です。透明性を確保し、研究参加者の権利とプライバシーを最大限に尊重する姿勢は、国際的な信頼関係を構築し、共同研究を成功させる上で不可欠な要素となります。

今後、データ共有の促進とプライバシー保護のバランスを取りながら、国際的な試料・データ二次利用に関するガイドラインの調和が進むことが期待されますが、現時点では、研究者自身が各国の状況を理解し、慎重な判断を行うことが求められています。